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綾鷹ステマクラブ

旅行記とか雑感とか、忘れる前にとりあえず書いてます。

本と野球と金銭感覚

 この夏は、野球と読書の夏だった。

 朝は第1試合が始まる前までには起き、テレビを付けNHKにチャンネルを合わせる。白球をめぐりグラウンドを駆け巡る球児たちの姿は、本日も予定通り放映されるようだ。テレビを見ていろいろなことを思う。外野意外と広いな。長打がよく出る。やっぱBSO表記慣れないな。右下にBSOと点差のみ表記するのはやっぱ臨場感あるな。オコエとか小笠原とか、相模とか育英とか。とにかく甲子園をつけっぱなしにして、もっぱら座椅子で読書をしていたのがこの夏だった。

 おかげさまで当初立てていた夏季休暇中に10冊読み切るという目標は、甲子園も第2試合に差し掛かろうかという段階で既に達成され、今現在20冊を目指して活字を追っている。ただ読書が楽しいので目標という言葉は適切ではなく勝手に到達したという表現が正しいかもしれない。本は小説だけじゃなくて指導法とか発達障害とかの真面目なのも読んだけど。

 

 本はいい。高校のときも思っていたけど本はいい。大学のときはあまり本を読んでいなかったが本はいい。小学校のときズッコケ三人組を30冊くらい読破したり、ルパンの推理物を30冊読破して図書貸出カードを学年で唯一2枚目をもらった時も思ったけど、うん。本はいい。

 何がいいか。まず世界観に入り込めるところ。物語が全て字で表現されるというのは単純だけど凄いことだと思う。ドラマとか映画とかを見るとどうしても視覚的な情報に依存しがちになる。登場人物の顔、体格、風体。住んでいる家、部屋、町、景色。それは全て監督と脚本家と美術さんの手で作られた偶像だ。監督の頭の中にあるものを具現化して提供されているに過ぎない。活字は違う。筆者の書いた文字や表現を読み、登場人物や風景を1から肉付けしていく。足りない部分は想像して脳内補完する。そうして頭の中で、登場人物や町がじわじわと出来上がり、頭の中で物語が繰り広げられる。

 世界観に浸るということは、こういうことだと思う。映画とかドラマは目だけで捉えて終わりなので、印象に残りづらいし、話の内容よりどの芸能人が出てたとかいうことの方が記憶に残ってしまうことも多々ある。それらは空虚で、薄っぺらいと思う。読書の方が、頭の中に世界が広がる。1冊の本を読み終わった後に出来上がる登場人物像や町の情景などが心地よい読後感を与えてくれる。読書の醍醐味ここにありだ。

 よく小説は登場人物が多くて覚えられないからドラマや映画の方が好きという人がいる(というか案野さん)が、これは小説書きが下手なだけである。本当に上手な小説書きは、少ない登場人物を巧みに操って話を動かす。結果的にそれは、登場人物を深く掘り下げることにつながるのだ。

 

 そして何がいいか。もう1つある。安い。文庫本なら1冊400円~500円である。図書館で借りたら無料だぞ。この前読んだオムニバス形式の小説なんか、5話で500円だったから、1話100円だ。何だそれ。そんなんで果たして儲けはあるんだろうか。でもその100円の話は本当に面白くて、世界中探しても100円の使い道でこんなに楽しめるものはないと思った。100円。

 すし2カン。消しゴム2つ。100均の商品。ジュース1本。

 300円出せば牛丼が食べられる。すしなら6カン。昔のポケモンカード1パック。コインランドリーで30分乾かせる。

 500円出せば牛丼は大盛りになり、すしなら10カン。キラカードが1枚買える。コインランドリーで毛布が洗える。マックのセットも買える。

 1000円出せば東野圭吾白夜行クラスの厚い文庫本が買える。牛丼はメガ+並盛。すしなら20カン。プロモーションカードが買える。コインランドリーで家族10日分の洗濯物をいい洗剤で洗って乾かすことができる。マックは、あれ買えるよ。ドライブマックのセット。つまり何が言いたいかというと文庫本と牛丼の安さ、マックの高さ、あと、パズドラの魔法石ってやっぱ高いんだなと思いました。

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