綾鷹ステマクラブ

旅行記とか雑感とか、忘れる前にとりあえず書いてます。

夏の記憶

 あっという間の夏休みが終わり、2学期が始まる。

 …とは言っても自分はいわゆる学生やら生徒の類いではない。教壇に立つ側の人間である。小学生30人を従える一国一城の主である。主にしては威厳がないけど。つまり夏休みというか、職場が夏季休業に入っているという言い方が正しい。

 基本子どもありきの仕事なので、子どもがいなければ相対的に仕事量が減る。子どもが校内にいれば校内から出ることすら許されないレベルで拘束されるが、子どもが学校にいない時は割と自由が利く。子どもが午前中で帰った日の午後などは、管理職から好きに帰ってもよいとお達しが出るくらいだ。

 

 そんな訳で、この夏は自由が利く身として、思う存分「夏休み」を謳歌することができた。有休やらなんやらをとにかく消化したため労働したのは僅か数日ばかりである。就職してもなおまだ夏休みの恩恵を受けられると思わなかった。むしろ学生時代などはゆめ○ウンという夢の欠片もないクソショッピングセンターで週6で12:00~22:30までレジ打ちという労働基準局も真っ青なバイトをしていた訳で、労働量としては学生時代の方が多い(それでも8月の給料はバイト時代よりも遥かに高く社会人パワーを実感した)。中・高も部活があったり勉学に励むこともあったりで、本当に自由の身として休みまくったのは、思えば小学校以来かもしれない。

 

 小学校時代の夏休みは果てしなく長かった記憶がある。あまりにも長くて休みに飽きた気さえする。特に何をするでもなく平凡に過ごしていたとは思うが、どうしてあんなに長く感じていたのだろうか。

 気付けば25才。昔と比べて確実に時間の流れが速くなってきたと感じる。九州一周はもうちょうど一月前のこと。横浜の夜からほぼ一月。関西旅行は2週間前に遡る。つい昨日1学期が終わって夏休みが始まったと言われても信じてしまうくらいだ。あれから一月以上が経ち、あと5日もすれば2学期が始まるなど信じられない。

 ただ不思議なのは、夏休みは一瞬で過ぎたような気がするのだが、思い出はしっかりと残っているのである。自分は7月20日からかれこれ5週間、確実に1日1日を過ごしている。鹿児島、宮崎。車の事故。バッセン。北関東。横浜での1日。小田急線。関西・南紀。帰省。甲子園。東海大相模。飲み会。目を閉じてもその日の思い出が蘇ってくるようだ。

 

 毎日変わらず24時間、小学生の自分も、社会人の自分も1日を過ごし、同じように夏の記憶を残しているはずだ。なぜこんなに時間の感じ方が違うのだろうか。理由はいろいろあると思う。

 まず1つ目は、時間の流れの速さに気付いてしまったから時間の流れが速くなったということ。なんか時間経つの速くない? それに気付くとどんどん時間の経過が速くなっていくんだろうな。前と比べて遅くなることなんかないから。2つ目は、まあ自然とそうなるもんだということ。時間の感じ方の曲線みたいのを見たことがある。3つ目。社会人の自分の方が、過去を振り返っている時間が長いから。

 年を取るにつれて、楽しかった時間というのは速く終わるようになる。そして、その楽しかった時間というのはどんどん短くなり、一瞬で終わったと感じてしまうくらいのレベルになる。楽しかった時間を振り返って惜しむことでその次の楽しい時間も短くなっていってしまうんだろうと思う。ああ、もう終わりか。時間が経つのが速いな、もう16時か。もっと続けばいいのに。毎回思うことで、毎回楽しい時間がどんどん縮まっていく。残り時間の感覚というものは人を損させる。そうして出来上がるのが、この「一瞬で夏が終わった気がする」「1年があっという間」「気付けば○○才」という謎の感覚なのだ………かもしれない。

 小学校の時と比べて何が変わったかというと、当たり前なことだが、振り返るものが増えた。生きた年数が違うし。でもあのストレートに生きていた頃とは違う。楽しい思い出があることは共通。深く後悔することも、なんとなく増えた。

 過去を振り返る時間は、確実に長くなっている。過去に置いてきたものは多い。記憶を辿ると出会える人。物。道。たくさんある。取ってくるものと、置いていくものを選ぶ必要があるかな。そういえば取りに行くものは1つしかないような気がする。

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